HDLコレステロールをアップさせる運動療法

脂質異常症」の診断には「HDLコレステロール」の数値が使われますが、 この数値は「運動療法」によって改善することが一般に知られています。


■HDLコレステロールと運動

HDLは脂質異常症や動脈硬化の進展を抑制する働きをする

脂質異常症は、動脈硬化、心筋梗塞、脳梗塞などの心血管系疾患による死亡リスクを増加させることが指摘されています。 日本人の死因は、1981年以降、第1位は悪性新生物ですが、第2位には心疾患、第3位には脳血管疾患といった、 動脈硬化性の疾患が続いています。 生活習慣病の急増するなか、動脈硬化性疾患のリスクの減少は重要な課題といえます。 なかでも脂質異常症は、中年の日本人が最も高い頻度でもつ生活習慣病リスクの1つです。 脂質異常症は、LDLコレステロールが140mg/dl以上、HDLコレステロール(以下HDL)が40mg/dl以下、 トリグリセライド(中性脂肪)150mg/dl以上が診断の基準となっています。 そのなかのHDLは、「善玉コレステロール」として知られていますが、 抹消組織や細胞から余剰なコレステロールを回収し、肝臓に運搬する役割を有しています。 つまり、HDLは脂質異常症や動脈硬化の進展を抑制する働きをします。 また、HDLの血中濃度の低下は、心血管系疾患の独立した危険因子ともいわれます。 そのため、いかにHDLをアップさせるかが、脂質異常症の改善、動脈硬化ひいては心筋梗塞や脳血管疾患の 予防対策の1つになるといえるでしょう。

そのHDLをアップさせる方法の中で、最も効果的なのが「運動」といわれています。 一口に運動といいますが、大きく有酸素運動とレジスタンス(筋力)運動に分けられます。 どのような運動がHDLをアップさせるのか、また、どのようなメカニズムでアップするのかを理解することはとても重要です。


●HDLを増加させるために必要な運動量

1996年〜2005年の間で、国内外の運動に対するHDLの効果を検討した研究論文25報(全体の年齢18歳〜75歳、 トレーニング期間11〜52週、運動頻度平均週3.7日、1回の運動継続時間平均40.5分、 運動強度最大酸素摂取量の平均64.8%、5.3METs、消費エネルギー1019kcal/週)をメタ解析した結果、 有酸素運動は、HDLを平均2.53mg/dlとわずかですが、優位に増加させる効果があると報告しています。 また、より効果的な運動時間、強度、期間など、運動をする上で注意しなければいけない点が多くあります。 このメタ解析により、1週間に合計120分間の運動を行うか、1週間に合計900kcalのエネルギーを消費する身体活動を行うことが、 HDLを増加させる最低条件であるとわかりました。 さらに、運動によるHDLの増加量と1回の運動の継続時間には相関関係があり、 1回の運動の継続時間が23〜74分の間、運動継続時間を10分増やすごとに、 1.4mg/dlずつHDLが増加する関係があることも明らかとなりました。 しかしながら、運動の頻度や相対的および絶対的な運動強度にはあまり影響を受けませんでした。 これらの結果は、HDLをアップさせるための最低限の運動としての参考値になりうると思われます。

次にレジスタンス(筋力)運動によるHDLへの影響についてですが、1999〜2006年の間に報告のあった6報 (全体の年齢20〜78歳、トレーニング期間8〜24週、運動頻度平均値3日、運動強度1RMの60〜85%、 1回の運動時間30〜50分、セット数2〜3回)をまとめた結果、 レジスタンス運動は、HDLを変化させない可能性が高いことが明らかとなりました。


●運動によるHDLコレステロールアップのメカニズム

それでは、なぜ有酸素運動はHDLをアップさせる効果があるのでしょうか? 一般人と比較して、有酸素運動を行っている長距離ランナーの骨格筋内のリポプロテインリパーゼ活性は高いという報告があります。 リポプロテインリパーゼは、血管内皮細胞に局在し、外因性脂質のVLDL、 LDLのトリアシルグリセロール(中性脂肪)を遊離脂肪酸に加水分解する機能を有します。 習慣的な有酸素運動トレーニングは、骨格筋内のリポプロテインリパーゼを活性化させることにより 血中カイロミクロン、VLDL、LDLのトリアシルグリセロールの分解を促進させ、HDLを増やします。 また、リポプロテインリパーゼは、インスリンによっても影響を受けます。 運動によりインスリン感受性が高まることから、リポプロテインリパーゼを活性化させ、 トリグリセライドの分解を促進させていることが考えられます。 このようなメカニズムにより、運動はHDLをアップさせるといわれています。

以上の結果から、HDLをアップさせる最も効果的な運動は「有酸素運動」と考えられます。


●運動のポイント

HDLをアップさせる最低限の運動について要約すると、
@1回あたりでは30分以上の運動を継続する。
A週900kcal以上の運動を実施する。
となります。HDLの基準値40mg/dlよりも低値を示すのは中年の肥満の人が多く、 体脂肪率の増加に伴いHDLが減少することが知られています。 また、女性よりは男性の方がHDL低値を示します。 そこで、体重80kgの男性の運動のプログラム例を考えてみると、4METsの速歩(平地95〜100m/分)を 1日に30分行うと160kcalとなり(4METs×0.5時間×体重80kg=160kcal)、週6日行えば900kcal以上となります。 これを歩数で考えると、10分当たり約1000歩ですので、1日当たり約30分の速歩は約3000歩/日に相当します。 この3000歩の歩数を日常の歩数に毎日加えることで、HDLをアップさせることが可能といえます。 表1に、900kcalを消費する運動の具体例をまとめています。歩行に限らず、さまざまな運動を組み合わせて実施することが可能です。


表1:1週間に合計900kcalを消費する運動と必要時間 *体重を80kgとして算出:体重によって必要時間は変動します。
METs 運動 時間
3.0 自転車エルゴメーター(50w)、ボーリング、フリスビー、バレーボール 3.8
3.5 体操(軽・中等度)、ゴルフ(カートを使用した場合) 3.3
3.8 やや速歩(平地、94m/分) 3.0
4.0 速歩(平地、95〜100m/分)、水中運動、水中で柔軟体操、卓球、太極拳、アクアビクス、水中体操 2.9
4.5 バドミントン、ゴルフ(クラブを自分で運ぶ) 2.5
4.8 バレエ、タップダンス、ジャズダンス、ツイスト 2.4
5.0 ソフトボール、野球、かなりの速歩(平地、107m/分) 2.3
5.5 自転車エルゴメーター 2.1
6.0 美容体操、ダンス、ジョギングと歩行の組み合わせ、バスケットボール、スイミング 1.9

表2:1週間に合計900kcalを消費する生活活動と必要時間 *体重を80kgとして算出:体重によって必要時間は変動します。
METs 生活活動 時間
3.0 普通歩行(67m/分)、屋内の掃除、家財道具の片付け、大工仕事、車の荷物の積み下ろし、 階段を下りる、子供の世話 3.8
3.3 歩行(81m/分、通勤時)、フロア掃き 3.5
3.5 モップ・掃除機かけ、箱詰め作業、軽い荷物運び 3.3
3.8 床磨き、風呂掃除 3.0
4.0 自転車(16km/時)、レジャー、通勤、子供と遊ぶ(徒歩/走る)、車椅子を押す、 高齢者や障害者の介護、屋根の雪下ろし、動物の世話(徒歩/走る) 2.9
4.5 苗木の植栽、庭の草むしり、耕作、農作業、家畜に餌を与える 2.5
5.0 子供と遊ぶ、動物の世話(歩く/走る、活発に) 2.3
5.5 草刈期で草を刈る 2.1
6.0 家具の移動・運搬、スコップで雪かきをする 1.9

この「週900kcal以上(1日30分)の運動」を日ごろ運動習慣のない人が急に開始した場合、 整形外科的な痛みや障害などを生じやすいと考えられます。運動習慣のない人が運動を開始するときには、 いきなり900kcal消費する運動を目標に設定せず、1週間に450kcal消費の運動から始めるなど目標を下げて、 慣れてきたら徐々に増やすようにします。例えば、体重80kgの人の場合、4METsの速歩を1日に30分、 週3日実施したり(運動頻度を下げる)、あるいは運動強度を低く設定して、3.3METsの歩行(81m/1日に30分、 通勤時歩行速度程度の強度)を1日に30分、週4日を実施してもよいでしょう。

また、日常ではなかなか運動に費やす時間が確保できない場合もあります。 1週間に900kcalを消費するには、運動ばかりでなく、日常の生活活動の場においても身体活動量を増やすことが可能です。 表2に900kcalを消費する生活活動の具体例を挙げてあります。スポーツや余暇時間に行う運動よりも、 はじめに日常生活の中で、「通勤は車をやめて、バスや電車を利用する」「通勤の途中、一駅前で降りて歩く」 「会社ではエレベーターを使わない」など日常の歩数を増やすことが、手軽に身体活動を増やすよい方法の1つとなります。 また、通勤や買い物の歩行を通常の歩行速度(67m/分)から速歩(95m/分)にする、 つまり、”ダラダラ”歩かないで”はつらつ”と歩くことによって消費エネルギーを増やすことも 重要なポイントになるでしょう。

以上HDLをアップさせるための運動実践に関して述べてきましたが、全ての人に先述した運動が適しているとは限りません。 それは、個人によって体力やライフスタイルが異なるからです。 個人に応じた運動指導の工夫が必要であると考えられます。 運動は、個人のライフスタイルにあった運動もしくは生活活動を選ぶことが大切です。 HDLを増やすには、運動を継続してこそ初めて効果があります。 運動を長続きさせるためには、HDLを増やしたい、健康になりたい、運動が上手になりたいなど 自分なりの目標を持たせるようにしましょう。さらに、家族や友人などの運動仲間を作るとよいでしょう。

近年話題となっている内臓肥満を基盤としたメタボリックシンドロームの診断にも、HDL40mg/dl未満の基準があります。 HDLは体脂肪率の増加に伴い減少することが知られていることから、腹部・内臓脂肪を減らすとともに HDLをアップさせることは重要です。内臓脂肪蓄積の指標である腹囲1cm減少は、体重約1kgの減少に相当します。 体重を1kg減少させるには、約7000kcal消費しなければなりません。 そのためには、1日230kcalの運動(1週間合計約1600kcal)が必要となります。


●運動を行ううえで注意すること

これらの運動に加えて注意しなければいけない点があります。

▼運動のやりすぎに注意
HDLをアップさせるには、運動強度よりも運動の継続時間が重要です。 息が切れたり、会話ができないような運動は強度が強過ぎます。 最初は緩過ぎるくらいの運動から徐々にペースを上げましょう。 運動中汗はかくが、運動しながら会話ができる「ややきつい」くらいというのが運動を持続できる強度といます。

▼水分補給をしっかり
運動前後や運動中に水分を十分とらず脱水状態になると、血液の粘性が高くなり、血液の循環が悪くなるだけでなく、 血栓などができやすくなります。適宜、水分を補給することを心掛けるようにしましょう。

▼運動するタイミングに注意
運動するタイミングは、空腹時や食直後はなるべく避けたほうがよいでしょう。 特に食後は、食べたものが十分に消化吸収されたころに運動をする方がよいでしょう。

▼準備・整理運動を忘れずに
身体活動や運動による傷害や痛みは、頻繁に使われる部位に発生しやすいことがいわれています。 ストレッチングを加えた運動開始前のウォームアップ、運動後のクールダウンは、十分に行いましょう。

運動を始めるに当たり一番大切なことは、運動に親しむことです。 あまり難しく考えず、まずは日常生活において手軽にできることから始めましょう。 そして、個人のライフスタイルにあった運動・スポーツを見つけましょう。 安全かつ、楽しみながら継続することができる運動・スポーツに出会えることが何よりだと思います。 夢中になって運動を楽しんでいるうちに、HDLが増えていた、というのが理想の姿です。